熱田神宮 楊貴妃伝説 楊貴妃の墓

世界3大美女の一人である楊貴妃はその中でも最も魅力的な女性ではなかろうか

ここに楊貴妃の墓と伝えられる場所があることは地元の人でもあまり知らない
その場所を訪れても楊貴妃に関することはどこにも書かれていない

また、その場所へ行くことは普通ではほとんどない

楊貴妃が日本で死んだ可能性はかなり高い
山口県:二尊寺にその墓がある
中国の考古学者がこの地を訪れて調査し、それを証明するに足る相当な
証拠があると結論づけた

中国でも実は楊貴妃は処刑されていないとする説があり、
これはかなり根強い


だとすると熱田神宮に存在する楊貴妃の墓とは?
神話世界の話として伝えられる楊貴妃伝説とは?

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イラストは光臨する天女、楊貴妃をイメージして描いたものです



熱田神宮 奥に見えるのが本宮      今も入らずの森があるといわれます     巫女さんが歩いていました




 弘法大師ゆかりの大楠 樹齢1000年以上

神鶏 熱田神宮敷地内に多数生息
露天のきしめん屋にまでやってき足元を散歩しています

楊貴妃の墓といわれる場所へ通じる古径
昼なお暗くまさに常世の国への道

楊貴妃の墓と伝えられる場所
水を汲むひしゃくもあります
なぜそんなものがあるかは下をお読みください
女性必見です




昔は墓としてもっと大きなものであったらしい。
今ではその一部のみが湧き出る清水のなかにひっそりとたたずんでいる
今も絶えることなく清水が湧き出ている
本宮の後ろあたりから出ているそうだが不思議な気がする
知的雑学のすすめ」 2008年4月28日号 より



楊貴妃の墓が熱田神宮にも
   〜美人になるという清水







先日のテレビ番組で楊貴妃の墓が日本の山口県にある、とする内容のことを
放映していました。

番組では放送されていませんでしたが、山口県:二尊院にある楊貴妃の墓は、
中国の考古学者も調査にやってきて、確かに日本で楊貴妃が死んだという
証拠となるものまで存在している、と発表しています。

中国でも楊貴妃はあの場所(馬嵬)では死んでいないとする説が有力と
なっています。

楊貴妃が二尊院へ手厚く葬られたのは中国の考古学者の調査からも、かなり
可能性としても高いと考えられます。
二尊院にまつわる楊貴妃の物語は下記のリンクよりご覧下さい。


では熱田神宮に存在するという楊貴妃の墓とは一体?

熱田神宮は草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まる神話世界から
存在する神社です。

ちなみに常世の国とは日本のことであり、蓬莱宮は熱田神宮のこととされます。


熱田神宮は入らずの森があるといわれるほど広大な敷地で、何百年も人が足を
踏み入れたことがない森があるといわれます。

この熱田神宮の最深部に
「その水で目を洗うと目が良くなる」
といういわれのある清水が湧き出ている場所があります。

不思議なことに都会の中に清水が2000年と湧き出ているのです。

最深部:昔は周辺も今のように幹線道路や鉄道が走っていないため、その場所は
事実上熱田神宮の最深部に位置する場所に存在しています。
本宮のさらに奥です。

この場所は地元の人でもほとんど知らず、また、そこまで行くことは普通は
まったくありません。

昼なお暗くひんやりとした古径を一人で降りてゆくと、やがてそこに楊貴妃の墓
といわれる卒塔婆らしきものが、まるで常世の国のような清水の中にひっそりと
苔むしてたたずんでいるのを目にすることができます。


この卒塔婆の跡は江戸時代ごろまでは石塔が存在していたとのことで、楊貴妃の
この伝説は鎌倉時代からあるものといわれています。

この伝説によれば、楊貴妃は熱田神宮の女神の化身とされ、唐の玄宗皇帝が大和の国
を攻め入る野望があると憂えた最高神:天照大神の蜜命を受けたとされます。

そこで熱田神宮の女神はその命の元、唐において楊貴妃として生まれ変わり、
その絶世の美貌で玄宗の寵妃となりました。

楊貴妃は傾城(けいせい)の美女といわれます。
傾城は傾国ともされます。

一度振向けば城(国)が動き、二度振向けば城(国)が傾き、三度振向けば
城(国)が滅ぶとされます。

つまりそれほどの美女であったということのたとえです。


さて、この計画は成功し、楊貴妃の美貌に心を奪われた玄宗は日本へ
攻め入ることはなく、目的を達した熱田神宮の女神:楊貴妃は馬嵬にて処刑
されたとされ、その魂は再び熱田神宮へ舞い戻ったと伝えられます。

肉体としての楊貴妃の死を熱田神宮では本宮の奥に弔ったと伝えられています。
その石碑の一部が今も残る清水が耐えることなく湧き出る泉の中に残された
この楊貴妃の墓とされる場所なのです。



玄宗がやむなく楊貴妃を引き渡すことに同意したまでは史実として存在しています。
しかし、それ以後の事は歴史の闇の中に深く隠されたままなのです。


いろいろな説がありますが、翌年長安に戻った玄宗が楊貴妃の墓を改墓しようと
掘り起こしたところ、楊貴妃の死体はもぬけの空で、ただ匂い袋だけが残されて
いたといいます。

当時の山口県と大陸とは深い関係があり、船が流れ着くことは不思議では
ありません。
また、楊貴妃が逃れるため蓬莱の国へ逃げてきたということも根拠として
色濃いものがあります。

玄宗皇帝もその後、恋焦がれる楊貴妃が日本に流れ着いてそこで死んだことを
知らされたとされ、二尊院には今も玄宗から送られたという2体の仏様が
祭られています。
この2体の仏様についても下記リンクから詳しくご覧になってください。


この熱田神宮に存在する楊貴妃の墓を守るように懇々とあふれる泉の水は
楊貴妃の墓にひしゃくで水をすくって掛けると美人になると伝えられています。

なぜかひしゃくも置いてあります。
しかしその楊貴妃の墓に水を掛けるのは簡単にはできないところが妙です。
私も必死に水を掛けてきました。

あ、私の場合には楊貴妃の伝説に敬意を表して「ありがとう」ほどの意味で
ですよ。


私は名古屋に住んでいますので、これを読まれた方で楊貴妃の墓に関心の
ある方はご連絡いただければご案内いたしますよ。
もちろん老若男女問いません。

お年を召した方でも若返るかも。


ご連絡は下記まで。
タイトルは「楊貴妃」としてください。
スパムが多いためこのタイトルがあれば間違いなくメールを開けます。

注:メルアドはスパム多いためここでは載せません。
下記マガジンをご覧下さい。

知的雑学のすすめ


楊貴妃に関しては下記をご覧下さい。
写真を写してきました。

http://goldtensi.com/youkihi/youkihi.html




 
山口県の二尊院に伝わる楊貴妃伝説と楊貴妃の墓の写真





下記は中国の華清池に建てられている楊貴妃入浴像
西安の東郊外 



元は池の中にありましたが政府要人の「道徳上どうかと思う」とかいう
発言が元で現在は陸上に。

そのせいで記念写真に一緒に写ることができます。
ところが困ったことに、3メートルほどあるこの楊貴妃の裸像にへばりついて、
背伸びして楊貴妃のおっぱいを触ろうとする人が後を絶たないのです(笑)。

もちろん、こんな浅はかなことをするのは男だけに決まっています。

真っ白な入浴像で顔も大変きれいで、スタイルも抜群、豊満で何とも言えず色香が
ありますから分からないではありませんが。

実際の楊貴妃も豊満な肉体であったらしいです。
玄宗は自分の息子の嫁を奪い取ったくらいですから
やはり絶世の美女だったのでしょう。

できれば私も触ってみたいです(爆)